2010年6月27日 (日)

第6章 猫のプライド 1/2 (2006.8.9)

ボクには、猫について語るだけの知識も経験も資格もない。
ただオゴゼと同居生活をしていると、猫というのはまんざら未確認生態動物でもないことが、少し解ってきた。
むしろ、ボクという人間のほうが、矛盾、打算、日和見主義で素直ではなく不摂生で仁に欠け、孝をなさず、誠なく、地球創世記の天と地が混沌としているようなつかみ所のない生物に思えてくる。
オゴゼは、姿勢の美しい猫である。
食事を待つとき、食べるとき、水を飲むときは、まるで哲学的な思想家のようだ。
しかし、昼寝、ごろ寝、うたた寝のときは、無防備、無遠慮、無作法、無恥、夢想にして自若泰然としていて、老荘思想を極めた仙人のようである。
そんな彼女が、最近ボクの3度の食事と晩酌につきあうようになった。
理由は、キャットフードより人間の手料理のほうが味がいいのだろうと察する。
それとも、ボクを親交信頼たりうる生物と認めたためだろうか?
いずれにしろ、ボクは彼女に同等の敬意を表して同じ取り皿に盛り付けて、食卓に並んで食べることになった。
いや、正確には彼女はテーブルの上に座るのである。
量の多少は仕方がない。
胃袋の大きさの差と塩分の摂取容量を考慮してるからである。
食卓を囲むと言っても、家族揃って和気あいあいに今日の出来事 、不満、冗談、明日の天気、隣の夫婦ゲンカの原因と話題豊富な雰囲気ではない。
ただ黙々と食べるだけである。
彼女が自分の分を食べ終えて、皿なめあげて足りなかったののだろう、ボクがちょ っとよそ見をしたスキにボクの皿の物に手を出した。
 『コラ! 猫ババ、するな。』
って思わず手が出て、頭をコツンとこずいてしまった。
また、また、小学校の頃の記憶が蘇る。

第5章 猫のお面をかぶった猫  2/2 (2006.8.4記事)

こんな面白い遊びが檻の中の虎が恐くてやめられるものか。
郵便局員の出入り口は裏にあり、ボクを捕まえるにはそこで靴を履き、玄関まで回らなければならない。
その時間差を利用してボクは、逃げる。
(もう、よかろう)と思う頃を見計らって郵便局にもどると、お兄ちゃんは厳しい顔をして窓口に座っている。
どんな顔つきで入っていったのか覚えていないが、憎たらしい顔つきのガキであったろうと想像する。
ふたたび、トランポリンをはじめる。やめろ!と怒鳴られてもやめない。
イタチゴッコである。トランポリンが面白いのか、大人を怒らせて逃げるのが面白いのか解らないが、
そこが悪戯の本質だろう。
しかし、そこは大人である。
猫のように狡賢く隠れていて、ネズミを取り押さえるように3度目のボクを捕まえてしまった。
目から星の出るような痛いゲンコツを食らって、ボクは泣きながら家に帰った。 
今でも、この辺りだったなと頭を触ると痛いような気がする。
オゴゼは、反省したのだろうか。
昨夜のことである。ボクが眠ったあとーどういう心境なのかーオゴゼが部屋中を駆け回り、作業机の筆立ては倒す、水入れをひっくり返すの大立ち回りをやりだしたのである。
最初は気が狂ったのではないがと驚き心配したのだが、どうやら悪戯だとわかり(生意気な奴だ。)と頭をコツンとどついてやった。
彼女は、情けない顔でスゴスゴと自分のベッドにもぐりこんだ。
(テメー、いままで猫をかぶっていたな。)  第五章 2/2 完

第5章 猫のお面をかぶった猫 1/2 (2006.8.1記事)

たいていの人間が遊びたいために働き、楽したいために一生懸命に汗を流 す。
猫を眺めていると、その点が釈然としない。
オゴゼは、1日の大半をうたた寝をして過ごしている。
ボクには、猫の哲学も倫理観も価値観もわからない。
たまには、遊ぶとか、あるいは何かに熱中して成就したいとかいう願望はないのだろうか。
犬にだって、(-歩けば、棒にあたる。)ーくらいの行動をする。
そんなことを考えていた矢先である。
いま日当たりのいい窓辺でのんびり昼寝している彼女からは、想像できない昨夜の猫騒動であった。
そして、それはボクのゲンコツのお目玉を食って収まったのである。

ボクの小学3年の時の記憶が蘇る。
田舎に、窓口がたった2つしかない郵便局があった。
窓口の局員はいつも独りで、用件に応じて格子のはまった窓口に移動するのである。
その前の狭い空間に、赤いビロード布地の張られた洋風のソファーが、それまでの木製の長椅子に代わって据えられた。
ボクがどういう経緯で、それを知ったか覚えていないが、そんな事さえ話題になった田舎であったからだろう。
顔見知りのお兄ちゃんの局員が、窓口にすわっていた。
『座ってみても、よかね?』
ボクは、ていねいに許可をえる。
トンと座ってみるとらせん状のスプリングがいくつも敷き詰めてあって、まるでサー カスのトランポリンみたいな跳ね具合である。
『どがんね。気持ちンよかろ。』
お兄ちゃんは、自慢気に笑う。
『ウン、スゴカね。』
ボク自身が誉められたような気分になって、何度も跳ねてみる。
『もう、よか、よか。壊れるけんやめろ。』
穏やかに注意されるが、楽しくて愉快でやめられない。
『コラー! ヤメロというとろうが。』
青筋たてて、怒リ出した。   1/2

第4章 猫語と対話 2/2 (2006.7.28記事)

1週間も一緒に暮らすと、お互いの安全距離が縮まってきた。
食事の用意をはじめると、横にチョンと座って待つ。
1メートル以内の距離を共有できるようになれば、対話が生まれる。
対話といっても、心の内側を語りあうわけではない。
名前を呼び合うだけである。
猫は、ボクのことを、
『オミャアー。』
と呼ぶ。
それが、尊称なのかあだ名なのか解らない。
ボクには親がくれた(タカシ)という戸籍上の名前があるのだが、教えたところで使いはしないだろう。
ボクは猫のことを、
『オーゴゼ。』
と呼ぶことにした。
口の大きな魚(オゴゼ)と(Oh,Kozzet)をダブらせて源氏名とさせても
らった。
こんな対話ができるようになれば、初歩的な猫語が少し解ってくる。
仲良く遊ぶとか親しくなるとかいうのじゃなく、たんなる意志の疎通である。
例えば、
『オミャアー、二ョオーウ 二ョオーウ!』(あなた、トイレ掃除しといてね。)
毛逆立てて(テメー、何様だ。)と鳴きたいくらい、腹が立ってくる。
逆に、ボクの言っていることが解っているのかなと観察すると、自分の都合のいいことであれば耳をそばだてシッポを了解したという風に動かすし、嫌なことであればクラシック音楽に聴き入って没頭しているという風情である。
まったく、割にあわないことだ。 ー第4章 2/ 2 完

第4章 猫語と対話 (1/2) (2006.7.25記事)

猫とボクの奇妙な生活が始まった。
朝早くから、
『ミャーオ、ミャーオ』
と鳴く。甘えた声ではない。
『腹へった、飯くわせー。』
といったような命令調の催促である。
(居候、3杯目を そっと出し)という句があるが、淑女どころか世慣れた渡世人である。
眠気がドロンとした頭をガシガシ掻きながら起きていって、猫皿にジャラジャラとキャットフードをいれてやる。
(だれが、しばらくは穴倉からでて来ないって?)
猫にとって居心地は満更でもなさそうである。 
好きな所でうたた寝をし、家主は無駄話をしてこないし、邪険なこともしない。3度の食事と新鮮な水といつも清潔なトイレを馳走してくれる。
3ツ星(☆☆☆)のつくホテルくらいの待遇であると思っているだろう。
猫の世話は思っていた以上に簡単であり、猫の生活は単純である。
それに比べれば人間の生活は、面倒だと我ながらつくづく思う。
ボクも今度生まれ変わるときは、黒猫にしてもらおう。
何かの本で読んだことがある。
ー不精者が死んで、地獄の閻魔様のお裁きを受けているところである。
閻魔様 『輪廻じゃ、によって、今度生まれ変わるときは、何がよいか?申して
みよ。』 
不精者 『鼻の先だけがチョンと白い、からだ全体が真っ黒の猫にしてくださ
りませ。』
閻魔様 『なに故じゃ?申してみよ。』
不精者 『暗がりでただ寝ておれば、ネズミが米粒と間違えてきたら、捕まえまする。』
人間は、日常の煩雑な事に煩わせられながら、悶々として生きている。
ボクもまた、微々たる才能にしがみついて絵を描いている。
筆をとめて窓の外を眺めると猫の目のような細い上弦の月が、青い天空の雲間に浮かんでいる。
猫のうたた寝を横目に見ながら一句、読んだ。
(なにをくよくよ浮世の流れ、雲のまにまに月がある。)
そんな風に、生きていけないものかな? ボクも。

第3章 猫の内申書ー2/2 (2006.7.21記事)

猫の名前は、コゼット。
(オスなのですか、メスなのですか。)という唯一のボクの質問に、(女性ですよ。)
とわざわざ訂正して教えてくれた。
これもまた、ボクにとってまったく蛇足な情報なのだが、この猫は非常に内気で、非常に繊細で、非常にプライドが高く、そのうえ非常に頭が良いそうである。
猫が優秀であるということの基準を何で決めるのか、ボクにはわからない。
コンテストで賞をもらうとか、塀の上の歩き方がうまいとか、ネズミの捕獲率が高いとか、鳴き声が音楽的であるとかを想像してしまう。
ともあれ、ボク自身はこれまで(非常に)という言葉を付けて誉められたことが、1度も無い。
人間であれば、ボクより数等上等な部類になるだろう。
しかし、そこは人間と猫、比較してひがんでもはじまらない。ただ、猫といえども(女性です。)と言われれば、意識してしう。
例えばーシャワーのあと素っ裸で部屋の中を歩き回ることは、紳士として控えねばなるまい。
まさか、(ワタシ今からお化粧するから、ちょっと席をはずしてくれない?)と部屋を追い出せれることはあるまいか?
知人は、5分いや3分もかからない簡単かつ明確な説明を終えると、コーヒーも飲まずに風の如く帰っていった。
『しばらくは窮屈だろうが、うまくやろう。』
と後ろを振り向けば、猫もまた風の如く消えていた。
洗濯用の竹篭をベッドと決めたらしく、家主のボクにニャンの挨拶もなく暗がりの中にもぐりこんでしまっていた。
(しばらくは隠れて出てこないかもしれないけど、気にしないでネ。)ということであるから、あえてボクのほうから猫なで声で親睦をはかろうとは思わない。
夜、仕事が一段落して独りウイスキーを飲んでいると、猫も穴倉から出てきて食事をはじめた。
目と目があった。カチッと火打ち石を打ったような火花が見えた。ドキッとした。
子猫の頃の面影はちっとも残ってなくて、野性的な鋭い眼光をした美形である。
青春のホロ苦い経験が蘇ってきた。
美しい女性に想像理想空想たくましく恋をして、ある日勇気を出してデイトを申し込んだことがある。
『ワタシ、面食いなの。』
絶妙の間、正確無比、言いえて妙であった。
以来、(苦手だな。) この手のタイプ。 
 (猫の内申書ー完)

第3章 猫の内申書ー1/2 (2006.7.18記事)

次の日の朝、知人の女性は楽しそうに微笑みながらやってきた。
『イデちゃん。ありがとう。助かるわ。』
『・ ・ ・ ・ ・ 』
何と答えたらいいのだろう。
彼女の感謝の言葉に、素直に反応できない。
猫好きな彼女には事情があるとはいえ、得体の知れぬ人間に自分を預ける事 に(自虐の念)を感じないのかと、猫の立場になってひがんでみる。
浮かぬボクの表情に、慣れぬことへの不安と戸惑いと緊張と思っているらしい。
『大丈夫よ。簡単よ、猫の世話なんて。ほらね、これが通常のゴハンで、これが肉 の缶詰でしょ。そして、これが魚の缶詰。この子が、飽きないように適度にあげてね。』
まるで、小学生を指導する先生である。
『これが、トイレ。そしてトイレの砂。朝晩2度変えね。清潔好きだから。』
まだ、まだ、これがシャワー用の石鹸でこれがシャンプーなのよと、出てくるのではな いかと心配になってきた。
大きな所帯道具と食料の入った袋をながめながら(簡単なものか!)と内心思う。
その間、猫はーモンローウォークというのかなーシッポを振りながら気取った態度で、部屋中を隈なく点検してあるいている。ときどき臭いを嗅ぎ、ときどき手で埃の有無をチェックしている。
『ちょっと、ズボラな管理で、ワタシにふさわしくない家だね!』
ってな不満顔で、飼い主を見上げている。
(生意気だぞ。テメー!)    (1/2)

第2章 ワラジをはいた猫ー2/2 (2006.7.18記事)

理由を聞けばーそれがいかにくだらなくとも白旗揚げて降参したも同然で受け入れなければならない。
 「しまった!」と思ったときはておくれで、人生の大半はこの(お人よし)で後悔しているのである。
 彼女はいま妊娠7ヶ月で、まもなく女の子が生まれてくるのであるが、その準備におおわらわであることを楽しそうに長々と語る。
 理由は、忙しいことにあるのかと思ったら、猫の体臭か体液か何かがプラス反応に出たとかで、胎児によくないそうである。
 ため息もつく間も与えず、善はいそげとばかり、
『明日、おとどけににあがります。』
と電話がきれた。
(猫と住む? どうすりゃいい?)
と思案をめぐらしていたら、幼い頃の記憶が蘇ってきて、日本の姉に電話かけて見る気になった。
『幼い頃、家に猫がいたよね。』
『へー、よく覚えていたね。あれは、あなたが幼稚園にいってたころよ。』
『どんな猫だった?』
『知らないわよ。ペットじゃないもの。ネズミ番、ネズミ捕りよ。突然なによ。猫
でも飼うつもり。それよか、恋人はできないの?』
 やぶ蛇だったと後悔しつつ、ウイスキーの水割りを飲みながら友人に電話をかけた。
 『猫?飼うのか?似たもの同士憐れみの令だよ。君には似合わないし-考えてもみろ、相性が合うわけないだろう。飼うなら犬にしろ。早起きして一緒に散歩したほうが健康的で三文の徳というもんだ。』
『相性とか健康のためとか三文の損得じゃないんだよ。義理と人情の渡世のからみなんだ。』
『猫の三度笠なんてきいたことないね。なるほど、君がねえ。言うこときかないよ。 B型的性格で生意気で横着だからなあ。まあ、一言で言えばやくざだ。』
『オイ、オイ。だれのこと言ってるんだ。?』
『俺んとこの猫。いつも悪戯してるよ。頭コツンとなぐると、(オボエテロ)とピーっと逃げるが、こちらが忘れたころを見計らって噛み付いたり引っ掻いたりして必ず仕返しするからな。恨みは絶対忘れないぞ。化けて出るっていうだろう寝首かかれるな。』
 予備知識を仕入れようと思ったら、まるで恐喝にあってようなもんだ。
猫がここでどういう生活をするのか知らないが、ここにはネズミもいないし、ボクには猫の性格も哲学も倫理観も猫語も解らない。
ただ、義理と人情がからんだ縁で、ワラジを脱ぐのだから縄張り争い鉄火場荒らしなどなく、共存生活をしたいものだと切に切に望むのである。

(第2章ー完)

第2章 ワラジをはいた猫ー1/2(2006.7.13記事)

 絵描きというのは、一般の人が思っているほど極楽トンボでもなければ、時間に自堕落な生活をしている人間ではないのである。
 本音を言えば、水をかぶる修行僧のように己の才能を磨き、時間を気にしながら走るマラソン選手のように息を切らして生きている。
 だのに、ときどき誤解をうけるのである。

『モシモシ、イデちゃん?ご無沙汰しています。お元気?突然でなんだけど、うちのネ、子を預かってくれない?』
『子供?』
『うちのネ・コ。』
ときどき、女性の要望というか依頼というものは、どこが頭だか尻尾だか解らない。
『ネコ?シッポ踏んだらギャーと悲鳴あげる猫のこと?ボクつきあったことなから、世話できない。』
『簡単よお。 あなたは独身だし、いつも家に居るから預けても安心なの。
 それに、あなた、動物好きでしょ。よく動物描いているじゃない。ラクーン、フクロウ、狸に狐や犬や猫。たったの3ヶ月よ。』
と指折り数え、まるで値段を値切るように言った。
『そう、そう、今度出版されるあなたの本の表紙の猫、あの子よ。
 大きくなったワ。いまさら知らないって、それは冷たいワよ。』
預かる理由も解らず、シドロモドロのところへ恨みつらみに義理人情をからめてせめてくる。
『わかった。わかったよ。 でも、どうして預けなきゃならないの?』

 確かに、言われるとおり独身で気ままな状況にある。また、義理もあれば、多少多めに人情もある。傍目には、時間もてあまして、家でブラブラしているように見えるだろうが、猫に手を貸すほど暇じゃない。しかも、ボクの手が、猫ジャラシか孫の手になるのも間尺にあわない。
 (なぜ、猫と同棲しなきゃならないのか?)
 突然、振られた昔の恋の原因が、堤を破った土水流の』如く流れこんできた。
 粗大ゴミを拾っただけで、ー反容姿端麗、横着、我儘、甲斐性無し。
そんなボクにまともな女性がすりよって来るはずもない。
せいぜい、あてがわれるの者は、猫くらいかと情け無くなってきた。(1/2)

第1章 リバーデールの四季(2006.7.10記事)

 リバーデールは、ハドソン河に沿った小高い丘の上にある小さな町です。
 夏には-川面をすべって南から心地よい風がふいてきます。
 冬には-北から対岸までうめつくすほどの氷が流れて来るのを眺めることができます。
 もう15年もここに住んでいるのですよ。
新聞で見つけた不動屋さんの紹介で、初めてこの町に来て、(周りにたくさんの雑木林がある)ことが気に入って住むことに決めたのです。
 春になれば-赤いベレー帽子に黒のモーニングを着たキツツキがやって来て、雑木林の木のピアノを叩きJazzを演奏します。
そうすると、樹木はいっせいに目を覚まし、野も山も雑木林も黄緑色の新芽でおおわれます。
 秋になれば-オールバックの髪にサングラスかけ真っ赤なジャケットを羽織ったカーディナルがバケーションから帰ってきて、自慢気に口笛を吹き飛びまわります。
 朝早く起きて散歩をすれば-白と黒のストライブの入ったバロック風のドレスを纏った仮面舞踏会帰りのスカンクに出会います。
 夕暮れ時になると-横縞の囚人服みたいな作業服を着たラクーン(あらい熊)が5、6人でやって来て、ごみ箱の清掃を始めます。
 しかし、彼らは仕事前から酔っ払っていて、中途で投げ出して帰ってしまうのです。
 アトリエの窓から見える中庭には、7階建てのこのアパート以上の背高いノッポのメープルの樹とサーカスのテントのような樫の樹が立っています。そのメープルの樹の祠に仲の良い働き者のリスの夫婦が、住んでいます。
 玄関横の管理人室の窓辺には、灰色の少し太った猫がいつも昼寝をしています。目があって、「Hi!」と声をかければ、愛想よく、「ミャ-!」と返事をします。
 溶け込むようにこの町に住んでいたら、いろんな野生の動物たちと顔見知りになりました。
 しかし、手を取り合ったり、抱き合って喜んだり、食事に招いたり招かれたりする関係ではありません。疎外とか無視するとかいうものでなく、プライベートを尊重して無闇に立ち入らないという共存距離を保っているのです。
だから、突然出会ってもお互い慌てふためくことはありません。
 町の住人達も穏やかで、道ですれ違えばお互いに明るく挨拶を交わしますし、散歩の犬同士が牙を剥き出していがみ合うこともありません。
 ボクにとってこの町が居心地良いのは、野良猫が自分のテリトリーを自信をもって彷徨するようなものなのです。
だから、ときどき友達に手紙を書くのです。
「四季折々、美しいところですよ。一度遊びに来ませんか?」って。